足長クジラの落書き帳

drawings by long-legged whale

『やさしい人物画』は本当に必要なのか?

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 以下の文章は、私が過去に投稿したAmazonの『やさしい人物画』のレビューに、最近になって加筆した部分からの抜粋になります。ちなみにレビューの星は1つ、つまり最低評価です。

 『やさしい人物画』という本はかなり誤解されていて、しかもさらに不幸なことに、誤解されたまま評価されてしまっている。…というのが私の持論です。

 

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追記:2020年10月

 

 レビューを投稿してから1年以上が経過しましたが、いまだにこの『やさしい人物画』に手を出してしまう人が後を絶たないようで…。かなり大雑把にですが、もう少し自説を補強しようと思います。

 まず大前提として、人体の描き方には大きく分けて2通りのアプローチの仕方があります。

 

ジェスチャードローイング」…人体の動きや構造の分析を通して、2次元の平面上でも3次元的に見えるように人体を描く方法。内側からのアプローチ。(イメージをもとにして人体を描き上げる、あるいは作り出すような方法です。)

「トレース」…現実のモデルや写真をもとに、平面状の点と線の集まりとして、そっくりそのまま描き写す方法。外側からのアプローチ。(目測のみ、補助線を利用、写真を拡大コピーしてトレースなど、本質的にはすべて同じトレースです。)

 

【注:このジェスチャードローイングという言葉は技法書・解説書によって定義が少しずつ違っています。ここでは、人体を描くのに2通りのアプローチの仕方があり、それぞれ全然ちがうということだけ分かってもらえればいいです。】

 

 本書ではどちらのアプローチも解説されていますが、ルーミスがとくに重点を置いているのはジェスチャードローイングです。理由はおそらく、ジェスチャードローイングは工程が複雑なぶん習得が大変だからでしょう。

 ところが、本書は解説・作例どちらも質・量ともに不足しているうえ、複雑な工程を複雑なまま解説しようとしており、余計に分かり難くしてしまっています。そのため、初心者がいきなり本書に取り組んでも、この重要な部分はほとんど理解できないと思います。

 

 本書を高く評価する人たちは使用法として作例の模写をすすめますが、模写の具体的な方法には言及しません。彼らの言う模写はトレースのことだと思いますが、技法書に興味のある人が知りたいのは、トレースではなくジェスチャードローイングではないでしょうか?

 繰り返しになりますが、ジェスチャードローイングとトレースは全然ちがう手法です。つまり、野球の技術を習得したいと言う人に、サッカーの練習をしなさいと言っているようなものです。

 

 例えば、本書の作例の模写(=トレース)や、ポーズマニアックスで形を取る練習(=輪郭線のトレース)を繰り返しているのに、絵が上手くならない(人体の描き方がよくわからない)という声をよく目にしますが、その原因がこれです。

 ジェスチャードローイングの手法を習得するためには、ジェスチャードローイングの手法で練習しなければいけません。

 

 

 ところで、本書はかなり古い技法書であり、その内容はほぼすべて、数多の後発の技法書に消化吸収されています。そして、それらの中には同じ内容をより詳しく易しく解説しているものもあります。つまり、今現在、本書に取り組むメリットはありません。

 誤解しないで欲しいのですが、昔からある本の方が詳しく易しいということもあるでしょうし、新しい本でもどうしょうもない駄本ということだってあると思います。別に古いからダメと言っているわけではありません。

 この『やさしい人物画』が間違っているというわけではなく、他にもっと分かりやすい技法書が出ているのだから、無理をしてまで使う必要はないのではないか?という話です。

 本書と後述の「ビルプ本」「ハンプトン本」とを読み比べてもらえば分かると思いますが、人体ドローイングの技法書はどれも、分かりやすさに大小の差があるだけで、解説しようとしていることは本質的に同じなのです。

 

 さて、本書が重点的に伝えようとしている(そしてたぶん伝わっていない)ジェスチャードローイングの手法を、より分かりやすく解説している技法書はどれか?ということで、私がすすめている2冊についてもう少し詳しく書いておきます。

 まずは『グレン・ビルプのドローイングマニュアル』。非常に個人的な感想になりますが、これは本書から余計な項目を削り、必要な解説と作例を追加し、そして全体の構成を変更して、本書をあるべき姿にした技法書だと思っています。

 次に『たてなか流クイックスケッチ』。これは動きの一瞬を捉える練習方法としてクイックスケッチを紹介したものですが、その練習の準備段階として「全身をカンタンに描く方法」が解説されており、これがジェスチャードローイングと同じアプローチの方法です。

 ただ注意点が1つあって、この2冊では頭部の描き方を扱っていません。頭部の描き方については、『マイケル・ハンプトンの人体の描き方』に本書をベースとした解説が載っています。

 

 以上、長々と書いてきましたが、私は自分で取り組んだ技法書しか分からないので、ひょっとすると他にもっと良い技法書があるかもしれません。

 

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 もちろん、このルーミスの狙いをきちんと理解した上で『やさしい人物画』の使い方を紹介しているサイトもありますが、逆に言えば、そういう解説が必要な本だということです。

 ただ、そうまでして『やさしい人物画』にこだわる必要って、本当にあるんでしょうか?この『やさしい人物画』という本は、技法書としての役割をすでに終えていると思うんですよね。