足長クジラの落書き帳

drawings by long-legged whale

『たてなか流クイックスケッチ』について

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 今回は、立中順平の『たてなか流クイックスケッチ』について、つらつらと雑感でも書いてみよう思います。

 

  これは〈動いている人のある瞬間短時間で描くことをクイックスケッチと呼び、その方法や考え方のヒントを紹介〉した1冊。ネットでの評価はなかなか良くて、とくに「全身をカンタンに描く練習」に取り組んでみたら効果抜群だった、という声が多い感じですね。

 ならば、この本は何か特別な手法を紹介しているのかというと、そういうわけではないと...。前に他の記事で書いたように、人体の描き方を扱った技法書はどれも同じことを解説しようとしていて、そこはやはりこの本も同じ。

 ルーミスが『やさしい人物画』で人体模型を使って、あるいは『マイケル・ハンプトンの人体の描き方』『グレン・ビルプのドローイングマニュアル』が〝ジェスチャージェスチャードローイング)〟という項目で、それぞれ解説していることと、基本的には同じです。

 

 ではなぜこの本が分かりやすいと好評なのか?その理由は「作画手順をできるだけ単純な工程に細分化している」「1つ1つの手順をできるだけ明確にしている」「解説の中で分かりにくい言葉を使わないようにしている」から。

 つまり、人体を描く作画手順から複雑さと曖昧さと難解さをできるだけ排除しているからです(ちなみに、「ルーミス本」などが一部で難解と言われる理由は、この逆のことをやっているから)。

 

 私がこの本を手に取ったのは「ルーミス本、ハンプトン本、ビルプ本、マテジ本」などを一通りこなした後で、第一印象としては「これも他の技法書と同じことをやっていて、マテジの〝フォースシリーズ〟が考え方のベースになっているらしい」という感じでした。

 この本でも「マテジ本」に出てくる〝D字(直線+曲線による2次元形状)〟をツールの1つとして使っているため、最初に取り組んだ時にそうに感じたのだと思います。ですが、少なくとも全身の描き方に関しては、「マテジ本」よりも「ハンプトン本」「ビルプ本」に近いですね。

 

 ただ、〝D字〟を使う理由を〈便利だからです!〉としか書いておらず、表現上の効果などはあまり考慮していないのかもしれません。この本と「マテジ本」では、この〝D字〟というツールについての考え方にズレがあるように感じます。

 ここで深入りする気はありませんが、「マテジ本」にはそのあたりの説明もあるので、興味のある方は『リズムとフォース』をどうぞ。まあ、個人的にはもう少し補強できるかなとも思っていますが…。

[この頭部・胸郭・骨盤を〝D字〟に変換する工程についてですが、私は無視しても良いと思っています。「たてなか本」で各パーツを〝D字〟に変換する目的は向きと傾きを明示することだけなので、それさえクリアできていれば、無理をしてまで〝D字〟に変換する必要はありません。(2021-10-10追記)]

 

 繰り返しになりますが、人体ドローイングの技法書はどれも同じことを解説しようとしています。ならば、作画手順すべてで1つのやり方にこだわるよりも、手順ごとにやりやすい方法を採用した方がいい。技法書は臨機応変かつ自由自在に利用すればいい。

 私なんかはマテジの〝フォースシリーズ〟をいちばん気にいっているので、他所でこの本を推薦しておきながら、自分のクロッキーやスケッチでは〝たてなか流〟をメインに使った描き方はしていません(使った方がやりやすいと思った時は、もちろん遠慮なく使います)。

 

 ここまで作画手順のことばかり書いてきましたが、この本で最も重要かつ最も貴重なのはむしろ、絵を描くときの心構えについての話だと(けっこう本気で)思っています。例えば、「思い込みを捨てる」と題された6〜7ページからの抜粋。

 

人間の体は複雑で難しい

 常識のように言われています。本当でしょうか?描けないと思うのは、人体が難しいからではなく、難しく描こうとしているからです。棒人間なら描けますね。十分です。そこからはじめましょう。〉

 

 一度〝人体は複雑で描くのが難しい〟と思い込んでしまうと、「やっぱり骨や筋肉の知識がないと描けないか…」とか「遠近法を正確に使えないとダメか…」と、〝人体は複雑で描くのが難しい〟というイメージをどんどん膨らませていって、自分から悪循環の渦に落ちてしまうんですよね。

 この本は、そういう悪循環にハマった人を優しく救い上げてくれる1冊だと思います。とりあえず、心構えについて書かれた最初の20ページくらいだけでも、試しに読んでみてはいかがでしょうか?(結局、宣伝してるし…。)